ベンジャミン・グレアム  証券分析の父
<グレアムの功績>
グレアムは投資家ではありましたが、むしろ投資理論家でした。
投資家としてはそれなりの成功を収めましたが、後世に語り継がれるほどではありません。
グレアムは投資家としてよりも、投資理論家として後世に大きな影響を与えました。
グレアムの投資理論に影響を受けた数多くの弟子達は、名投資家として名を残しています。
彼が輩出した大投資家の中でも有名なのは、世界一の名投資家といわれるウォーレン・バフェット氏です。
 バフェット氏は「私に影響を与えたのは、15%はフィッシャーで、85%はグレアムだ」と語りました。
フィッシャーは成長株投資の理論家です。
バフェット氏の成功はこの2人の大投資家の影響によるところが大きいのです。



<グレアムの人となり>
 グレアムは社交的で、知的な人物でした。
グレアムは株式投資は、金儲けの手段というよりも知的好奇心の対象として関心を寄せていたようです。
投資家として成功するにつれ、より株式を知的好奇心の対象としてみる傾向が強まっていきました。
 しかし、グレアムも株式投資で2度失敗しています。
一度目はグレアムが学生のときで、非常に苦労しました。
二度目は、1929年の株式市場大暴落のときです。
1940年代まで、米国株式市場は低迷を極めました。
これらの経験がグレアムの株式投資に対する考え方を変化させました。
グレアムは株式を金儲けの手段から、知的興味の対象へと変化させていったのです。
 他の投資家でも、投資家として成功するにつれ、金銭欲よりも知的興味が投資に対する理由となっていっていきます。むしろ、金銭欲を越え、知的好奇心が増すにつれ、資産が増えていきました。



<グレアムの株式投資術>
 グレアムは、株式投資を素人にもわかるものにしました。
初心者にも分かるように投資理論を確立したのです。
それは単純なルールです。
「株式本来の価値を見極め、市場が株式の価値を大幅に低く評価しているときに買う」というものです。
市場は、短期的には本来の株式価値を無視し、安くなりすぎたり、高くなりすぎたりするのです。
グレアムは市場の動きを利用する道を示しました。



<グレアムの限界>
 グレアムは証券分析の父として、投資理論家として名を残しています。
しかし、彼の投資手法には限界がありました。
まず、株式の本来価値をどのように見積もるかと言う点です。
株の本来価値は、企業の資産や配当、収益力、成長性などで決まります。
しかし、本来価値をどのように見積もるかは大きな難問でした。
特に、企業の成長性は数値に表しにくいので、特に難題でした。
グレアムが苦渋の上に出した結論は、成長性という要素を無視するということでした。
 企業の価値を純資産という目に見えるものだけで判断することにしました。
バランスシート上から判断できる価値のみから株式の価値を判断するのです。
グレアム自身は成長性の重要性を承知していましたが、不確定な要素である成長性は確実には見積もることができないものでした。
 成長株に対する分析が不十分であった点がグレアムの投資理論の限界といえるでしょう。



<成長株の台頭>
 グレアム氏の弟子であるバフェット氏は後に、「グレアム流の手法がそのまま通用したのはせいぜい1973年から1974年までだった」と述べています。
彼は、グレアム流の投資術の影響を大きく受けたことを認めていますが、後にバフェット氏の投資は、成長性を重視したものに変化していきます。
 世の中の変化が早い時代に突入していったのです。
これまでの実績よりも、これからの可能性に重点がおかれるようになっていきました。
 彼は、グレアムの投資手法とともに、成長株の大家といわれるフィリップ・フィッシャーの投資手法も取り入れ始めました。
 こうして、成長性を重視した投資理論が必要とされる時代となっていきました。


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